ざっくりとしたライトノベル個人史を語る (あるいは無知がもたらす予期せぬ読書歴)

最初に買ったライトノベルを思い出してみるだけ - 世界は称賛に値する
アラサー後半戦を生きる女オタクが読んできた小説たち - なにかのまねごと
ライトノベル個人史 - これ以上なにを書くんだよ
ハルヒ世代だけど「ライトノベル個人史」書いてみた - まだまだペンキぬりたて
団塊Jr世代な私のラノベ遍歴 - 好きなら、言っちゃえ!! 告白しちゃえ!!
ぼくのわたしのライトノベル遍歴 - WINDBIRD
スレイヤーズ世代だけど「ライトノベル個人史」書いてみた - 飼い犬にかまれ続けて
ひっそりとライトノベル個人史 - 晦日の夢でラノベを読む
自己満でライトノベル個人史を書いてみた。 - あるいはラノベを読む緋色
今日もだらだら、読書日記。 » 流行に乗って「ライトノベル個人史」書いた

 これらに便乗して私もライトノベル自分史を語ってみようと思います。非常に長くなってしまいましたが、お付き合いください。

小学生時代

 正直、小説のたぐいは、ほとんど読みませんでした。毎年、夏休みなどの課題で読書感想文がある時だけ仕方なく読んだという感じです。ハッキリ言えば、興味ありませんでした。小学校六年生くらいの時に、湯島図書館で何となく『スター・ウォーズ ジェダイの復讐』を借りました(元々『スター・ウォーズ』は好きなので)が、読了することなく30分くらいで飽きました。このぐらい“小説読まない人”だったのです。

中学生・高校生時代

 春休みだかゴールデンウィークだかよく覚えていませんが、『ロードス島戦記』OVA版がTBSで放送され、学年でちょっとブームになりました。(私の中学は、1クラス20数人しかいなかったので、1クラスで流行ったものは大体隣のクラスでも流行る)その際に原作小説を友達同士で回し読みするのも流行り、私もその流れに乗って原作小説を読み始めたのが、私の読書人生の本当の始まりでした。水野良先生の『ロードス島戦記』は、私が人生で初めて、自分のお金で、読みたくて買った小説なのです。

 『ロードス島戦記』との出会いによって、私は小説の魅力に取り憑かれ、いわゆるライトノベルを中心に雑多な小説を読みあさりました。とは言っても、当時はライトノベルという概念を当然全く知りませんでした(パソコン通信を利用している人は知っているかもしれませんが)。発売してるのが角川スニーカー文庫だろうと富士見ファンタジア文庫だろうと、全て作品ごとにファンタジー小説、SF小説、恋愛小説など、一つ一つのジャンルとして捉えていました。唯川恵先生の『ただそれだけの片想い―始まらない恋・終わらない恋』を読んで恋愛小説に興味を持ち。映画『ブレード・ランナー』を見てフィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を読み。『攻殻機動隊』や『JM』などサイバーパンク・ブームに乗ってウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』『クローム襲撃』を読み。ポール・バーホーベン監督の『スターシップ・トゥルーパーズ』を見てロバート・A・ハインライン『宇宙の戦士』を読み。アニメ映画『サイレントメビウス』と同時上映された『アルスラーン戦記』『風の大陸』を見て原作小説を読み。書泉ブックマートで常に平積みされていて“何となく気になったから”という理由で神坂一先生の『スレイヤーズ』マーガレット・ワイスとトレイシー・ヒックマン『ドラゴンランス戦記』を買って読みました。つまり私は、この頃から読む小説のジャンルの垣根など存在せず、面白ければ全てよしであり、今の私を作ったの間違いなくココなのです。


 閑話休題。ライトノベルに話を戻しましょう。『ロードス島戦記』に出会った後、私は、著者の水野良先生が所属してたグループSNEに関係する小説を読むようになります。友野詳先生の『コクーン・ワールド』『ルナル・サーガ』。TRPG『ソード・ワールド』の小説版である『ソード・ワールド ノベルス』。同じくTRPGの『妖魔夜行』の小説版。90年代におけるグループSNEの小説は、大体読んだと言っても過言ではありません。当時のグループSNEは、TRPG(デザインおよび邦訳)と関連小説の事業をメインにしていたのですが、私は小説を読むだけでした。TRPGに興味はありましたが、周りにプレイする友人がいないという厳しい現実がありました。コレばかりは、どうしようもなかったです。
 他に読んだ作品といえば、ひかわ玲子先生の『三剣物語』深沢美潮先生の『フォーチュン・クエスト』夏見正隆先生の『わたしのファルコン』冴木忍先生の『星の大地』『卵王子カイルロッドの苦難』小林めぐみ先生の初期三部作(『ねこたま』『まさかな』『ねこのめ』)が、かなり印象的でした。当時の読書歴を振り返ってみると、私は女の子が主人公の小説に強く共感する傾向があったかもしれません。今考えると90年代は、女の子が主人公のライトノベルが目立つ時代でした。総数が多かったワケではないですが、毎月1、2冊は、どこかで誰かが出してるという感じです。何故、今に比べて90年代は女の子が主人公のライトノベルが目立つのか。読者がそれを受け入れるのか。理由は全く判りません。ただ一つ言えるのは、『スレイヤーズ』が爆発的ヒットしたという事実だけです。

 1992年から1993年に角川書店は内部分裂し、角川歴彦さんを中心に新たな会社メディアワークスを創業します。いわゆる、角川書店お家騒動と呼ばれた出来事です。私は、角川書店の『コミックコンプ』の読者だったのですが、自分が好きだった連載作品が急に終わり、ガラッと作品が変わってしまったことに大変ショックを受けたのを覚えています。それから間を置かず、メディアワークスから『月刊電撃コミックガオ!』が創刊され、今までコミックコンプで連載していた作家、作品群がほぼ移籍する形でリスタートされました。ライトノベルに関しても、一部の角川スニーカー文庫作品が、メディアワークスに移籍しました。私がこの時に読んでいた移籍作品は、深沢美潮先生の『フォーチュン・クエスト』シリーズです。新に誕生した電撃文庫でリスタートした『新フォーチュン・クエスト』は、物語の時間軸として角川スニーカー文庫版の続きでありながら、電撃文庫版から読み始めても大丈夫な気配りがされていました。水野良先生も電撃文庫創刊メンバーとして、グループSNEによる新たなオリジナルTRPG『クリスタニアRPG』の小説『漂流伝説クリスタニア』を発表しました。小説版『クリスタニア』は、『ソード・ワールド』と同様のシェアード・ワールド小説です。『ロードス島戦記』から始まり、『ソード・ワールド』を読んで、『クリスタニア』にたどり着き、現在、9つのエピソードが小説化されて読みましたが、最後の作品である『秘境伝説クリスタニア』だけは、TRPGリプレイだけで小説化されていません。大変残念です。

 ここ数年、海外邦訳ファンタジーやSFにライトノベル的なカバーイラストが付くことが増えてきました。これをネット上の一部ので“ラノベ化”のように揶揄されてましたが、90年代にも若者向けを意識して邦訳ファンタジーをライトノベルのようにしたことがあります。その中の一冊がジョナサン・ワイリー『アーク島年代記』です。グーグルで、「アーク島年代記 - Google 検索」と検索したのを見ていただければ一目瞭然。書店の海外作家のコーナーでかなり異彩を放っていた作品です。私が、思わず“ジャケ買い”をしたほどに。面白かったのですが、第2部の『アーク島年代記 II』が未完になってしまったのが、本当に残念です。『ドラゴンランス』を書いたマーガレット・ワイスのスペースオペラ『ディオン・スターファイア』も好きでしたね。

 ある意味ライトノベルの範疇として、もう一つ私に多大な影響を与えたのが、ゲームやアニメのノベライズです。私は、作家オリジナルの小説と同じくらいノベライズも大好きなのです。初めてちゃんと読んだノベライズは、多分、富野由悠季監督の『機動戦士Zガンダム 第一部 カミーユ・ビダン』だと思います。『機動戦士Zガンダム』は、幼い頃アニメで見たのですが、内容をちゃんと理解できてたかといえば、「なんとなく」という程度でした。それをキチンと補完できたのは、このノベライズを読んだおかげです。それから機動戦士ガンダム』シリーズの小説は、(『機動武闘伝Gガンダム』以外)欠かさず読むようになりました。ガンダムファンの間で有名な、あの小説版『機動戦士ガンダム』を読んだ時の衝撃が、今でも忘れられません。もう一つ、思い入れのあるアニメノベライズは、あかほりさとる先生の『小説 天空戦記シュラト』です。元々アニメ『天空戦記シュラト』は大好きでした。私が小説を読み始めて、エニックス文庫から小説版が出てたことに書店で気づき、すぐに買い求めました。しかし、この『小説 天空戦記シュラト』は、未完のまま現在も続きが出てません。角川スニーカー文庫で、全面改稿、加筆された新装版が出たのですが、これも未完です。あかほりさとる先生、ここ数年、過去のライトノベルのリニューアル版を出す機会も増えたので、今からでも続編を書いてくれていいんですよ?

 ゲームのノベライズで特に思い入れがあるのは、ベニー松山先生の『小説 ウィザードリィ 隣り合わせの灰と青春』と『小説 ウィザードリィ 風よ。龍に届いているか』手塚一郎先生の『小説ウィザードリィ シナリオ4 ワードナの逆襲』鈴木銀一郎先生の『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』です。私にとって良いゲームノベライズの条件は、自分が体験した冒険が文章化されることです。ゲーム上のパラメーターは現実にどのような意味があるのか。迷宮を探索する冒険者たちの生き様とは。ベニー松山先生の小説は、このゲーム内における“冒険者とは”という部分を想像で膨らまし、かつ緻密に描いているのです。『ウィザードリィ』をプレイしている人なら、誰しもが感じることを文書化してくれていることに感動を覚えるのです。鈴木銀一郎先生の『ファイアーエムブレム 聖戦の系譜』では、自分がプレイした経験や戦術を小説の内容に反映させるという手段を取っています。銀一郎先生自身が、ウォーゲームのデザイナーであるからこその発想です。正直、全てのゲームノベライズに関わる作家が、コレをお手本にしていただきたいくらいです。これらとは全く違うアプローチで描かれたゲームノベライズが、手塚一郎先生の『小説ウィザードリィ シナリオ4 ワードナの逆襲』です。原作は、ゲーム第1作目の『ウィザードリィ #1 狂王の試練場』でラストボスだったワードナを主人公としたアドベンチャーRPGです。普通のノベライズなら、ワードナの目線で小説化するのですが、手塚一郎先生は、あえてゲームではワードナに立ちはだかる敵である冒険者を主人公として描きました。ワードナの脅威も去り、平和な時代の冒険者は、どのように生きたか。そして、圧倒的な力で冒険者たちを殺していくワードナ。全体の物語は原作ゲームに沿っていながら、ダークファンタジーでありホラー要素の強い作品として、異色のゲームをさらに異色にノベライズするという離れ業をしました。『ウィザードリィ』の小説というとベニー松山先生の作品が最も有名ですが、是非、コレも読んで欲しいです。

 どういうタイミングで読んだかハッキリ覚えていないのですが、初めて読んだホラー小説は瀬名秀明先生の『パラサイト・イヴ』です。当時現役の研究者だった瀬名先生が、その科学知識を基に描くサイエンス・ホラーであり、生命科学になんとなく興味を持ったきっかけになりました。次の『BRAIN VALLEY』は、多分、初めて読んだハードSF小説です。鈴木光司先生の『リング』は、自分の人生で初めて、あまりにも夢中になって一日で読了したホラー小説です。呪いによって主人公にタイムリミットのかかった物語ということで、妙に緊張しながら読んだのを覚えています。続編の『らせん』、完結編の『ループ』と読み、特に『ループ』における今まで物語ってきたことを覆すようなSF設定に驚かされました。

 ナムコ(現バンダイナムコゲームス)から発売されたFCソフト『デジタルデビル物語 女神転生 II』およびATLASから発売されたSFCソフト『真・女神転生』に影響されて読んだ小説があります。西谷史先生の『デジタルデビルストーリー 1 女神転生』です。これは、正確に言うとゲームの原作小説ではありません。小説、アニメ、ゲームと同時に展開した、今で言うクロスメディア展開のはしりのようなものです。『デジタルデビルストーリー 1 女神転生』は、ゲームの物語とはかなり違い、悲劇的な展開を向かえます。続編の『新デジタル・デビル・ストーリー』では、悪魔に支配された世界で、復讐のために東京を壊滅させようとする崇徳上皇の野望を阻止するため、少年たちと悪魔、そして中島朱実が戦います。『真・女神転生 エル・セイラム』も西谷先生がノベライズしていますが、一部のキャラクターと世界観を使っただけで、あとは独自解釈のオリジナルストーリーです。『女神転生』の影響は、コレだけではなく、密教、神道、悪魔、天使、風水などオカルト全般に興味の幅が広がりました。フレッド・ゲティングズ『悪魔の辞典』『オカルトの辞典』は、もう基本として押さえ、マルコム・ゴドウィン『天使の世界』アレイスター・クロウリー『法の書』、学研から出た『密教の本』などのブックス・エソテリカシリーズそして、『聖書』も読みました(ちなみに、『聖書』は、途中何度か読むのを挫折しました。正直、人生で唯一、読むのが苦行だった本です)。そんな中で、ライトノベルと関係が深いものといえば、加門七海先生の『平将門は神になれたか』です。東京にある平将門ゆかりの寺社や祠を線で結び、このレイラインによって浮かび上がる魔方陣が、将門の霊を鎮めると同時にその力を東京守護に転換ているのではないか、という持論を書き綴ったルポルタージュ。私が、コレを読んで、わざわざ(有楽町へ映画を見にいた帰りに)大手町の平将門の首塚までお参りに行くほど読み込みました。その加門七海先生は、様々なオカルトエッセイの他に小説家としてもデビューしています。朝日ソノラマ文庫から出た『人丸調伏令』です。鬼を調伏する一族の末裔、可那融とそれに使役される式〈人丸〉の過酷で悲しい運命を描いた伝奇ラブストーリー。決してハッピーと言えないエンディングとしては、冴木忍先生の『星の大地』がそうなのですが、こちらの『人丸調伏令』もそうで、もうこの結末以外ありえない、と途中で判ってくるからこそ、もう胸が苦しくなってくるのです。思い返してみると、90年代は、伝奇ライトノベルがとても華やかだった時代かもしれません。
 私が、この90年代如何にしてライトノベルの情報を得ていたかというと、ほぼ9割書店でした。私が少なくともライトノベルを買うために足しげく通っていた書店は、上野の明正堂各店、まんがの森上野店、本郷三丁目の書店(名前失念)、神保町の書泉ブックマートです。そこで私は、どのようにライトノベルを選んでいたか? ずばり、直感とほんの少しの立ち読みです。現在の書店は、ほぼ全てにおいてライトノベルにシュリンクと呼ばれるビニールで包む陳列をしています。でも、昔は、そういったことが一切ありませんでした。(よく書店で平積みされた本の真ん中から取る人がいますが、一番上は立ち読みされてるという昔の感覚の名残ですね)私の面白い本を見つける嗅覚は、この辺りから養われていると思います。
 ライトノベルの情報と言えば、皆さんご存じ富士見書房の『ドラゴンマガジン』です。……ですが、私は、時々書店で立ち読みする程度で、全く買いませんでした。ネットといえばパソコン通信が主流で、今と比べて情報を仕入れる手段が限られていた90年代において、『ドラゴンマガジン』は、ライトノベルの情報を仕入れる大きな手段でしたが、正直、あまり興味なかったです。ただ、同じ富士見書房のコミック誌『ドラゴンコミック』は、創刊から現在の後継誌『ドラゴンエイジ』に至るまで、一月も欠かさずン十年買い続けています。何で? と、聞かれたら、止め時が見当たらないままズルズル買い続けてるとしか言い様がないのですが……。
 『ドラゴンマガジン』は読んでない一方で、私が唯一読んでいた小説&TRPG雑誌が、アスキーから発売された雑誌『ログアウト』です。書店でたまたま立ち読みした時に読んだ大場惑先生の『翼あるものの肖像 イース4 序章』に魅了され、創刊2号目から最終号まで買い続けました。ゲームノベライズ以外に、ハイファンタジー、SFと『ドラゴンマガジン』にはない、割と本格的で濃い内容の作品が多かったです。特にSFでは大原まり子先生の『戦争を演じた神々たち』が素晴らしく、南原順先生と人魚蛟司先生の『六覇国伝』シリーズで私にスチームパンクという新たなジャンルを開拓させてくれました。前述した西谷先生の『真・女神転生 エル・セイラム』が連載されていたのも『ログアウト』です。またTRPGのいろはは、だいたい『ログアウト』で学びました。最後に、『ログアウト』は、後に偉大な文学作家になる古川日出男さんの幻のデビュー作『ウィザードリィ外伝 II 砂の王』が連載されていた雑誌と言うことを覚えておいてください。連載雑誌が休刊になってしまったので、結果的に未完となってしまったこの作品は、後に『アラビアの夜の種族』と形を変えて出版されました。


専門学校生時代・現在

 さとうふみや先生の『金田一少年の事件簿』を切っ掛けにミステリに興味を持つものの、ミステリ小説は、中学、高校とずっと読まないままでした。そんな専門学校時代、私は、書店のノベルス棚で常日頃からなんとなく気になっていた太田忠司先生の『月光亭事件』を読み始めて、狩野俊介シリーズに大ハマリしました。ここから先で犯人が解る、という手前であえて読むのをやめて、自分で推理してみたりもしました。かつてFCの『ファミコン探偵倶楽部』でミステリアドベンチャーゲームの面白さを知った時と同じように、小説での謎解きの楽しさを私は知ったのです。「さあ、ミステリ小説の世界へようこそ!」……という風には、実際あまりならず。その後に読んだのは、はやみねかおる先生の『少年名探偵 虹北恭助の冒険』サラ・パレツキー『サマータイム・ブルース』ディック・フランシス『興奮』アガサ・クリスティー『そして誰もいなくなった』くらいで、散発的に気が向いたら読むというくらいでした。2003年に早川書房がクリスティー文庫というアガサ・クリスティーの作品だけのレーベルを起ち上げ、後にNHKがアニメ『アガサ・クリスティーの名探偵ポワロとマープル』を放送し、再び私にミステリ熱が燃え上がりました。まずはコレからと、ミス・マープルシリーズを読みあさり、エルキュール・ポアロシリーズ『オリエント急行の殺人』、サラ・パレツキーの『ダウンタウン・シスター』『ウィンディ・ストリート』レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』を読み終えたところで、私の第二次ミステリブームが終了。ココから数年間、全くミステリを読まない時期を経て、東川篤哉先生の『謎解きはディナーのあとで』を読み、またまたミステリに目覚めます。


 1994年にラジオ局文化放送で『電撃大賞 クリス・クロス』という番組が始まりました。当時、メディアワークスは、コミック、イラスト、小説の新人賞『電撃大賞』の受賞作品から、特に小説作品を積極的にラジオドラマ化していました。この頃私は、アニメ系ラジオ番組、俗に言うアニラジを良く聴いていて、ハガキも出す、いわゆるリスナー投稿職人でした。ラジオ番組『電撃文庫』を聴き始めたのも、『電撃大賞』に興味があったわけではなく、「なんか、新しい番組始まったぞ」という流れの一つでした。ラジオドラマの中でも古橋秀之先生の『ブラックロッド』を聴いて衝撃を受けます。その退廃的なサイバーパンクと呪術を融合させた新しい世界観。あえて言うなら、士郎正宗先生の『仙術超攻殻オリオン』をもっと深くサイバーパンクにした『ブラックロッド』の物語に魅了されました。……されましたが、この時点では、まだ原作小説を読もうという気には、まだなりませんでした。ただ一つ言えることは、小説新人賞作品を意識するようになった切っ掛けが『ブラックロッド』です。1997年に発売した川上稔先生の『パンツァーポリス1935』が、小説新人賞作品というものをちゃんと意識して買った最初の小説です。デビュー作から続く都市シリーズは、川上稔先生の作品の中でも特に好きです。

 これまで私は、ライトノベル小説新人賞作品にあまり興味ありませんでした。秋田禎信先生の『魔術士オーフェン はぐれ旅』を新刊として読んでも新人賞受賞作の『ひとつ火の粉の雪の中』を読んだのは、だいぶ後でしたし、安井健太郎先生の『ラグナロク』を読んだのも月刊少年エースことぶきつかさ先生のコミカライズを読んでからでした。小説新人賞作品というものを割と意識して読むようになると、当然そこから新たな才能天才を発掘してしまうこともあるワケで。その中でも上遠野浩平先生の『ブギーポップは笑わない』は、ほんのちょっと立ち読みしただけでも電撃が走るほどの衝撃で、コレはすごいのきたぞ、と素人でも判る面白さでした。もう一人、不遇の天才が、富士見書房のファンタジア長編小説大賞から誕生しています。2002年の第14回ファンタジア長編小説大賞で大賞を受賞した貴子潤一郎先生です。大賞受賞作『12月のベロニカ』は、叙述トリックを仕掛けたファンタジーで、これがとてもデビュー作と思えないほど美しく、完成度の高い物語に、この作者は絶対大成すると信じて疑いませんでした。実際、短編集(ライトノベル新人賞作家の2作目が短編集というのは大変珍しい)『眠り姫』、初のシリーズ小説『煉獄のエスクード』『灼熱のエスクード』も、こう言っては何ですが、傑作です。ところが、コミック誌『Fellows!』の創刊に短編の『探偵真木』を発表し、3号連続で掲載して以降、何故か完全にフェードアウト。ライトノベルでデビューした貴重な才能は、その後一つも作品を発表していません。もったいない。たいへん、もったいないです。もし、ペンネームを変えて再デビューしているのなら、教えていただきたいです。その他に注目した新人賞作品は、淡路帆稀先生の『紅牙のルビーウルフ』橘公司先生の『蒼穹のカルマ』です。


 富士見ファンタジア長編小説大賞で〈大賞〉を受賞した作家は大成しない。そんな風にライトノベル読者から言われた時期がありました。出す作品は面白いのです。完成度も高いのです。でも、作家として安定して続かないのです。比較的に本を出してくれたのは、五代ゆう先生だけでした。そんなジンクスを打ち破ったのが、第17回で大賞を受賞した川口士です。富士見書房から『戦鬼 イクサオニ』、スクウェア・エニックスから『ステレオタイプ・パワープレイ』のほぼ同時デビュー。その後、『ライタークロイス』『漂う書庫のヴェルテ・テラ』を上梓し、一迅社文庫から『星図詠のリーナ』、初のラブコメに挑戦した『桐野くんには彼女がいない!?』、そして代表作の一つである『千の魔剣と盾の乙女』。さらに出版社を変えてMF文庫Jからアニメにもなった『魔弾の王と戦姫』。恐らく今現在、ファンタジア長編小説大賞の大賞作家で最も本を書いてる人かもしれません。どの作品も私は好きなのですが、あえて『ライタークロイス』と『銀煌の騎士勲章』を読んでいただきたいです。『銀煌の騎士勲章』は、一迅社文庫から発売され、ファンタジア文庫から出た『ライタークロイス』のセルフリメイク版。ストーリーは、概ね同じですが、結末が違います。まず『銀煌の騎士勲章』を4巻まで読み、最後の5巻だけ一迅社文庫版と富士見ファンタジア文庫版を両方買って読み比べるのをオススメします。

 2001年から2002年にかけて、主に同人作家界隈で今野緒雪先生の『マリア様がみてる』が一大ブームになりました。『マリア様がみてる』は、女の子同士の淡く、一瞬の煌めきといえる恋愛感情を表現した〈百合〉を広く開拓したパイオニアであり、恐らくゼロ年代で最もインパクトのあったムーブメントの一つです。これは、一部のライトノベルサイトでも話題になり大流行りしたワケですが、正直、今をもってしても何故『マリア様がみてる』が流行ったのかさっぱり判りません。私が判るのは、いつの間にか流行っていた、読んでみたら人生が変わるほど大ハマリしたという事実だけです。いわゆるマリみて絵師と呼ばれる方々のwebサイトを日参したり、自分のwebサイトのマリみてコンテンツを充実させたり、『マリア様がみてる』がなかったら今の私はありません。では、この『マリア様がみてる』ムーブメントからライトノベルで百合小説が流行ったのかと言えば、ハッキリ言って全く流行りませんでした。マンガ、アニメ、ゲームでは、〈百合〉というのが一つのジャンルとして完全に確立された一方で、百合小説は、今でも一部の作家が散発的に出すか他の百合作品のノベライズとして出るだけです。『マリア様がみてる』のヒットの一方で百合小説の難しさを痛感させられます。

 初めて読んだ少女小説は、中学生の頃の折原みと『アナトゥール星伝』ですが、授業の暇つぶしにたまたま読んだというだけで、それほど真剣に読んでいたワケではありませんでした。あれから長い時を経て、今度はちゃんと読みたくて読む少女小説として『マリア様がみてる』に出会い、〈百合〉の魅力に目覚め、同時に少女小説の魅力にも目覚めしました。続いて読んだのが、真堂樹先生の『青桃院学園風紀録』シリーズです。当時の私は、プチBLコミックブームでした。カバーイラストとあらすじを見て、直感的に選んだのがこの作品でした。『マリア様がみてる』ブームの後、青木祐子先生の『ヴィクトリアン・ローズ・テーラー』が、一部のライトノベル読者の間で話題になりました。気になる作品としてチェックしながらも、未だに読まずじまいなのですが、2014年に同作者の『ベリーカルテットの事件簿 薔薇と毒薬とチョコレート』を読んだので、今度こそ読もうと思います。

 2006年、富士見ミステリー文庫からかたやま和華先生が『楓の剣!』でデビューしました。カバーイラストのヒロイン、主人公の楓が抜群に可愛くて、ほぼ、その印象だけで買ったのですが、これが大正解。ミステリというよりラブコメ時代劇(当時、私に時代小説という概念が乏しかった)で、実はコレが、私が時代小説を読もうと思う切っ掛けになりました。初めての時代小説は、米村圭伍先生の『おんみつ蜜姫』。時代小説の面白さに気づき、以後、米村圭伍先生の作品を追いかけ続けました。この先生の書く時代小説は、ですます調の作品が多くて抜群に読みやすく、エンターテインメント性も高いので、時代小説に小難しいイメージを持ってる人にもオススメしたいです。

 かたやま和華先生は、その後、少女小説の方へ進出し、そこをメインに活躍します。『お狐サマの言うとおりッ!』『怪盗レディ・キャンディと恋するワルツ』など発売。この頃既に私は、少女小説を読むことに全く抵抗感を覚えていなかったので、出る作品全て読んだのは言うまでもありません。

 web小説の書籍化が珍しくなくなった昨今ですが、基本的に自宅で小説を読まない私は、その影響でweb小説自体読む習慣がほぼありません。本当に。そんな私が夢中になって読んだ唯一無二のweb小説が、林亮介『和風ウィザードリィ純情派』です。かつて、ベニー松山先生が『ウィザードリィ』のゲームの仕様に独自の解釈で理屈を付けたように、林亮介先生は、それを現代日本に置き換えて独自解釈したのです。現代人が〈冒険者〉になることが如何なる事か。〈迷宮街〉で暮らす様々な人々をそれぞれの視点で、リアルに、人間味溢れる描写で描くダンジョン群像劇です。この小説の特徴として、毎回描く登場人物に対して生死判定を行っているのです。ゲームと同じ緊張感が小説で再現されていること。ついこの間まで元気だったあの娘が明日死ぬかもしれない。〈迷宮街〉のそんな冒険者たちの殺伐とした日常が淡々と描かれるリアルに引き込まれるのです。そして、この作品は、後にGA文庫から『迷宮街クロニクル 生還まで何マイル?』として書籍化されました。
 ダンジョン小説と言えば、十文字青先生の『薔薇のマリア』にも夢中になりました。『ウィザードリィ』的な雰囲気とMMORPGの趣を強くし、いわゆる大規模クラン戦を意識した話の展開もあるハイブリッドなファンタジーです。無法の都市で生きるマリアと仲間たち、悪党たちの生きた証しを刻むような物語に惚れ込みました。

 J・K・ローリング『ハリー・ポッターと賢者の石』が日本でも大ブームになっていた頃、私は、この手の児童小説ファンタジーにあまり興味がなく、映画版も、「ふーん……」くらいな感じで軽くみていました。そんな私の気が変わったのは2004年です。南房秀久先生が、これまで富士見ファンタジア文庫で発表していた『トリシア先生』シリーズを学研のエンタティーン倶楽部という児童小説レーベルで始めたのです。『トリシア先生』シリーズは、南房秀久先生のデビュー作『黄金の鹿の闘騎士』および『月蝕紀列伝』シリーズと同じ世界観で描かれる魔法メディカルファンタジーです。私は、南房秀久先生の作品をデビューからずっと追いかけていたので、突然学研で本を出すと知って、ちょっとビックリしました。しかも、イラストレーターも同じ。ただ、これは移籍ではなく、トリシアが魔法医になる前のあくまでも富士見ファンタジア文庫版の前日譚という位置づけでした。ところが、富士見ファンタジア文庫の『トリシア先生』に区切りが付き、物語の展開もエンタティーン倶楽部版が追い越して、一部旧作のリライトも行い、今では学研から出ている『トリシア先生』シリーズが事実上の正史です。南房秀久先生が児童小説を出したのを切っ掛けに、児童小説というジャンルそのものに興味を持って、いい大人になって角川つばさ文庫小学館ジュニア文庫集英社みらい文庫ポプラポケット文庫(ポプラカラフル文庫)から出ている作品を読みあさりました。とは言っても、深沢美潮先生や藤咲あゆな先生、はやみねかおる先生のように児童小説以外で活躍していて既に知ってる作家の作品ばかりなのですが。今の児童小説を読んでいると、私が子供の頃にこのくらい面白い作品がたくさんあったら小説読まない小学生時代を送らなかっただろうな、と思います。かなり真剣に。

 映画版を見たもののいまいちブームに乗れなかった『ハリー・ポッター』シリーズですが、この頃に書店を彩った海外ファンタジーブームにはちゃんと乗りました。目覚めさせた切っ掛けは、フランスの作家ソフィー・オドゥワン=マミコニアン『タラ・ダンカン』シリーズです。

 ええ、もちろん村田蓮爾先生がカバーイラストだったからです。当時は、女の子版ハリー・ポッターと言われましたが、実際ハリポタよりパワフルで(バカ魔力的な意味)、恋愛要素もある(とても重要)、ストーリーが進みキャラクターの年齢が上がると段々内容も児童小説からヤングアダルト的になっていくのが特徴です。年1巻(上下巻)、12年読み続けた壮大なファンタジー。正直、『ハリー・ポッター』なんかよりも遙かに思い入れがあります。


 もう一つ、私を夢中にさせたファンタジーがジョナサン・ストラウド『バーティミアス』です。野心家で性格悪い主人公ナサニエルが相棒で妖霊(ジン)のバーティミアスと共に様々な事件を解決し政府エリートへのし上がっていく中、腐敗した政府への不満がレジスタンス活動を活発化させ、大英帝国存亡の危機が訪れます。コレを読み終わった当時、感動しすぎて興奮気味に日記を書いたのを思い出したので、日記過去ログからそのまま転載します。
 ぶっちゃけた話。前と同じ事を書くけど、児童文学と思って偏見や敬遠気味のライトノベル読みは絶対に読んだ方がいいです。『バーティミアス』シリーズは、今年読んだ小説の中で掛け値なしに一番面白く、特に3巻のラストの怒濤の展開に興奮しました。バーティミアスとユニゾン(あえてこういう書き方w)したナサニエルと妖霊に取り込まれた無数の元人間たちとの多対一の魔法戦闘シーンは、まるで『魔法少女リリカルなのは』を彷彿とさせました。2巻では強力な魔法具〈グラッドストーンの杖〉の力に振り回された“へなちょこ”ナサニエルでしたが、やればできる子でしたよ。
 一番のキーポイントは、妖霊バーティミアスとナサニエルの絆の復活です。ナサニエルにとって妖霊は奴隷、同僚上司はライバル、一般人は表向きいい顔だけしておく存在でした。ホントね、態度でかいし可愛くない主人公なんですよ、ナサニエルは。だからこそ人間味溢れる妖霊バーティミアスの魅力に映るのですが、3巻ではこき使わされすぎて〈成分(『女神転生』でいうマグネタイトみたいなもの)〉をすり減らしてしまい消滅の危機に。そんな時、ある事件の追跡任務を終えた満身創痍のバーティミアスを、ナサニエルは報告を待たずに解放してしまいます。解放とは、妖霊との契約を解いて異世界に帰すことです。妖霊は現実世界にいると常に〈成分〉を消費し、回復させるためには異世界に返る必要があります。真っ先に報告を聞かなくてはならない時に、バーティミアスを気遣って解放するなんて、今まではあり得ませんでした。これには、2巻から登場する一応ヒロインのキティが関係してくるのです。
 キティは2巻における〈ゴーレム事件〉で、ナサニエルの命を助けて死んだ、と思っていました。少なくともナサニエルは、〈ゴーレム事件〉から3年間そう思いこんでいました。実は孤独な存在であるナサニエルの心に、いつしかキティのことが気になる存在として残ることになります。後にキティの存在が、ナサニエルの腐った性根に大きな変化をもたらすのです(だからといって、安易に恋愛には発展しないのですが)。
 そして、ラストバトルでのナサニエルの勇気ある決断に涙せよ。

 昔の日記を読み返すのは、本当に恥ずかしいんですけど、その恥ずかしさを差し引いてもみんなに読んで欲しい最高のファンタジーなのです。

 自分の読書歴をざっくりと総括するつもりが、思っていたのを遙かに超えて長くなってしまいました。私は、あまりこだわって小説を読むタイプではない、乱読派な人間なので、どうしても色々語ってしまうのです。以下は、本当は私の読書歴の中で語りたかったけどタイトルだけでも触れておきたい作品です。

宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー』
福井晴敏『終戦のローレライ』
福井晴敏『亡国のイージス』
舞阪洸『鋼鉄の白兎騎士団』
後藤リウ『イリーガル・テクニカ』
榊一郎『スクラップド・プリンセス』
時雨沢恵一『アリソン』シリーズ
高橋昌也『ガンダムセンチネル ALICEの懺悔』
茅田砂胡『桐原家の人々』
柏枝真郷『PARTNER』
鴨志田一『神無き世界の英雄伝』
一色銀河『若草野球部狂想曲』
鳥居羊『SAS スペシャル・アナスタシア・サービス』
松樹剛史『ジョッキー』
宮村優子『電脳コイル』
ウェン・スペンサー『ティンカー』
ウェン・スペンサー『ようこそ女たちの王国へ』
ゲイル・キャリガー『アレクシア女史』シリーズ
ウィリアム・H・キースJr.『バトルテック』
キム・ニューマン『ドラキュラ紀元』シリーズ
ジャック・ヨーヴィル『ウォーハンマー・ノベル ドラッケンフェルズ』シリーズ
アン・マキャフリー『歌う船』
マーセデス・ラッキー『女神の戦い』(ヴァルデマール年代記シリーズ)

 最後に、私がライトノベルというものに対してどう思っているのか、かつて自分のwebサイトの日記でも書いたのですが、改めて少し書きます。
 私が記憶する限り、2ch(2ちゃんねる)にライトノベル板ができたのは、ちょうど2000年の年頭だと思います。当時から2ちゃんねらーだった私は、富士見ファンタジア文庫や電撃文庫、朝日ソノラマ文庫など話ができる掲示板ができた知ってすぐチェックました。そこで初めて〈ライトノベル〉という言葉を知りました。その時は、呼び方なんてどうでも良かったので、特に深く考えなかったのですが、後にこの〈ライトノベル〉という言葉の定義で物議を醸すようになります。私もライトノベルが何なのか考えて、議論に参加したことがありますが、段々と何でもライトノベルに当てはめる風潮ができ始めてから、もうウンザリしてきて、考えることをやめました。こういった経緯から、私は、今でもライトノベルという言葉が、正直、あまり好きではないですし、ライトノベルと言うことを意識して小説を買うこともありません。何を持ってライトノベルとするのか? それは、10数年経った今でも明確な答えがありません。むしろ、2000年代よりも、今はもっと混乱していると言ってよいでしょう。
「ライトノベルの定義」。あなたがそうだと思うものがライトノベルです。
ただし、他人の同意を得られるとは限りません。

 これは、2chのライトノベル板のトップに書いてある文言です。ライトノベル定義議論で荒れないように板の中で定義づけられてものですが、これがライトノベルという言葉を顕す真理の一つと思っています。
スポンサーサイト
プロフィール

藤堂志摩子

Author:藤堂志摩子
初めまして。私は、仮想世界の女子校に通う“エターナルセブンティーン”藤堂志摩子といいます。乃梨子の「阪神タイガースを生暖かい目で見守る志摩子さまが好きだ!」という微妙なリクエストで生まれた新しい形のバーチャルネット白薔薇さまです。どうかよろしくお願いします。
メールフォームを利用したい方は、こちらをクリック。

メールフォーム

Creative Commons License
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス 表示-非営利-継承 2.1

最近の記事
月別アーカイブ
ブログ内検索
カテゴリー
リンク
RSSフィード